2026年1月17日
冬の川辺にて
朝、川辺に立った。枯れた柳の枝が、白い空の前で繊細な線画のように見える。葉がないからこそ、その構造の美しさが際立つ。川の流れはゆっくりで、透明で、川底の石まで見える。誰もいない。水と風と私だけだ。
こういう日の空気は特別だ。冷たく、澄んでいて、遠くの音までよく聞こえる。春の賑やかさとは全く違う、静かで内省的な川辺の表情。柳は何も言わないが、その沈黙が饒舌だ。


2026年1月17日
朝、川辺に立った。枯れた柳の枝が、白い空の前で繊細な線画のように見える。葉がないからこそ、その構造の美しさが際立つ。川の流れはゆっくりで、透明で、川底の石まで見える。誰もいない。水と風と私だけだ。
こういう日の空気は特別だ。冷たく、澄んでいて、遠くの音までよく聞こえる。春の賑やかさとは全く違う、静かで内省的な川辺の表情。柳は何も言わないが、その沈黙が饒舌だ。

2025年11月03日
柳が黄色くなる。それは秋の最初のサインだ。緑から黄へのグラデーションは、数日のうちに完成する。黄色い葉が風に揺れるたびに、いくつかが川に落ちる。水面を流れていく葉を追いかけるように、目が川下へ向く。
ある意味では、秋の柳川は最も詩的だ。過ぎ去るものへの愛おしさが、景観全体に漂っている。「もののあわれ」という言葉が、ここでは具体的な形を取る。
2025年03月28日
朝日の中、柳に最初の芽が出ていた。小さな黄緑色の芽が、枝の先々に付いている。数日前まで全く気配がなかったのに、今朝は確かにある。自然の変化は、気がついたときには始まっている。
